【銅鐸と水田のふるさと中川(浜松市北区細江町)】奥浜名湖田園空間博物館:条里いにしえの散策道

「銅鐸と水田のふるさと中川」(平成24年度登録)では田植えが終わり条里制の面影がある田んぼではアマガエル、ツチガエル、トノサマガエル(昔はよく見ましたが最近あまり見かけなくなりました)などのカエルが忙しそうに泳いでいる姿を見ることができます。夕暮れ時に「条里いにしえの散策道」を散策してみました。

「銅鐸と水田のふるさと中川」のページはこちら⇒http://www.fujinokuni-mura.net/doutaku-suiden-nakagawa/

条理いにしえの散策道(縮小)

雰囲気のある「奥浜名湖田園空間博物館:条里いにしえの散策道」奈良時代の条里制口分田の面影が残る中川の水田を東西散策することができます。

「奥浜名湖田園空間博物館」は農村地域の名所旧跡や様々な地域資源を展示物とした屋根のない博物館といった考えのもと、散策道などで周遊するものです。詳細は気賀関所横の「奥浜名湖田園空間博物館総合案内所」にパネルやジオラマなどで見ることができます。

総合案内書

「奥浜名湖田園空間博物館総合案内所」の詳細はこちらをご覧になってください→http://www.city.hamamatsu.shizuoka.jp/n-nougyoujimu/culture_art/okuhamanako_denenkukan_hakubutukan/index.html

銅鐸はこの地域で7つ出土しました。新東名の工事で磐田市内にて銅鐸が発見されましたがそれまではこの中川の銅鐸が東限でした。銅鐸は弥生時代集落の祭礼行事で使用されたいわれていますが詳細は定かではないようです。その後奈良時代の律令制の元、条里制の口分田により農地が与えられました。

中川夕暮れ

現在でも耕作放棄地が見られない水田の景観です。現在は特別栽培米「まいひめ」を売り出していますが、江戸時代後期から戦後までは稲作のほか畳の原料になるイグサ栽培も盛んでした。イグサといっても沖縄の琉球藺(りゅうきゅうい)が主流だったようです。これは奥浜名湖地域ではたびたび塩害が発生し、困った当時のこの地域を治めていた旗本が大分の殿様に相談したところ琉球藺を進められたということです。

 

 

 


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